「メシって……」
二の句のつけない美鶴の肩をポンッと叩き、瑠駆真がチョコレートの箱を差し出す。
「疲れている時には甘いものがいいよ」
その大きく円らな、チョコレートにも負けないほどの甘い瞳で勧められると、もはや怒る気力すら失せてしまう。
聡はともかく瑠駆真はひょっとしたら気を使ってくれたのか? そう言えば、以前覚せい剤絡みで警察からあれこれ聞かれた時、ようやく家へ戻ってこれた美鶴に、二人は肉まんを持って来てくれた。
掌に、ほんわりと暖かさが甦る。
でも、つまりコイツらって、悩んだり疲れたりしている私は、すべて食べ物で解決すればいいとかって思ってる?
なんとなく、ムカッ!
差し出された箱を引ったくり、二・三粒口に放り込む。甘くって、濃厚で、口内に広がる粘り気が重い。
喉の渇きをおぼえ、キッチンからコップを持ってくると、手近なペットボトルを取り上げる。さすがに聡のように2リットルをラッパ飲みはできない。
「何、美鶴。お前ってお茶が好きなの? 俺はダメだな。苦いだけじゃん」
「だからガキは嫌なのよ」
などと言いながら、聡と向かい合うようにパイプ椅子に腰掛ける。瑠駆真は苦笑しながら床座り。腹が減っていたのか、聡は手当たり次第にバリバリと菓子の袋を破り、しばらくモグモグと口を動かす。
「アンタッて、ホント昔からお菓子好きね」
「おうっ だってウマイじゃん。お前だって部屋には必ずストックしててさ。俺が行くと必ず出してきて」
「私が出さなくたって、自分で勝手に出してきてたじゃん」
「まぁな」
聡は油で汚れた指をペロリと舐め
「あぁ、でも中学に入ってからさ、菓子ない時もあったよな。なんかさ、ニキビが出来るからやめるぅ とかって言ってさ」
ハハッと笑われ、美鶴がギリリと歯噛みする。
「そんなの、どうだっていいでしょっ。別に意図してお菓子を置かないようにしてたワケじゃないわよ。買っても買ってもアンタが食い逃げしてったんじゃない」
「食い逃げとは何だよっ」
「食い逃げじゃなかったら、何だって言うのよ?」
「あのさぁ?」
菓子論争で睨み合う二人に、ため息をつきながら瑠駆真が割って入る。
「昔話するために、ここに来たワケ?」
チロリと見上げられ、途端に聡の胸が熱くなる。
うっ またコイツにバカにされた。
菓子ごときで熱くなってしまった自分は、きっと瑠駆真の目にはひどく幼稚でくだらない人間に映ったのだろう。羞恥心と反発心で、言い返す言葉も見つからない。
ムスリと黙り、ソファーに長身を埋める聡。その姿を見つめながら、瑠駆真はソッと眉を潜める。
僕の知らない過去の話など、聞いていたとは思わない。
瞳を閉じ、必死に冷静を手繰り寄せ、改めて美鶴へ視線を向けた。
「聡の義妹を殴ったってのは、間違いなんだよね?」
言ってしまって、唐突だったかと後悔もした。だが、二人が来る理由はこれ以外にはないだろう。それは美鶴もわかっているはずだ。
もはや回りくどい説明は必要ない。
美鶴の方も、やや不躾かと目を見開いたものの、すぐに質問を理解して不機嫌そうに頷く。
「殴ってなんかない」
「じゃあなんでっ」
まるで他人事のように答える美鶴の素っ気なさに、瑠駆真は乗り出す。
「なんでこんな事になったんだ?」
「そんなの、こっちが聞きたい」
憮然と言い返す姿に、瑠駆真は息が詰まった。
あぁ そうだ。
やっぱり美鶴は何も知らないのだ。自分がどんな揉め事に巻き込まれているのか、美鶴本人が一番わかっていないのかもしれない。
それは美鶴のせいではない。これは僕と廿楽という生徒との問題であって、もしかしたら小童谷も関わっているかもしれないが、美鶴は間違いなく無関係だ。
それなのに、どうしてか? などと問い質す権利が僕にあるのだろうか?
自責が瑠駆真を深く包む。
でも、そうだとしても、美鶴にだって弁解の余地はあったはずだ。自らの罪をキッパリと否定すれば、なにも謹慎処分などにはならなかったのではないか?
「殴ってなんかいない。ちゃんとそう答えた」
「でも先生たちは納得してないんだろう?」
昼間のツバサとコウの言葉を思い返し、苦味が瑠駆真の口内に広がる。
唐渓での教師の権限は低い。聡の言う通り金本緩に生徒会副会長が関わっているとしたならば、教師に圧力でもかかったということだろうか? だが、美鶴が何もしていないというのなら、これはまったくの冤罪だ。
「まったく何もしていないのに自宅謹慎だなんて、ちょっと度が過ぎていないか?」
瑠駆真のその言葉に、美鶴が咄嗟に視線を外す。それを、瑠駆真は見逃さない。
「何?」
「い… や」
言い訳も思いつかず、口ごもってしまった。
「何? 美鶴、何か隠してる?」
瑠駆真の観察力って、本当にムカつくぐらい鋭いな。
「別に隠してなんかない」
「じゃあ、何?」
聡も、菓子を貪る手を止める。
「なんだ?」
「別に」
「何? 美鶴は何もやってないんだろう?」
「う…… ん」
途端、瑠駆真の脳裏に甦る言葉。まるでだからどうしたと言わんばかりの、好んでこちらの感情を逆撫でしているかのような態度。
「俺は見たよ。大迫美鶴が、一年生を校舎の壁に向かって突き飛ばすのをね」
「美鶴」
小童谷陽翔の声に心奪われたまま、放心したように口を開く瑠駆真。
「ひょっとして、殴ってはいないけど、突き飛ばした? とか?」
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